三、回答書以後の展開


 回答書に関して、平成9年11月18日(株)マガジンハウスにおいて、小谷は、(株)マガジンハウス書籍出版部編集長M・K氏、及びK氏と会合を持ちさらに詳しい説明を受けました。回答書の内容に謝意はなくまったく不十分であると考えた編集長は読了後ただちにメディアワークス編集部・U氏に電話をかけ本当にこの内容で間違いはないのかと尋ねたところ、U氏は回答書の通りであると答え、続けてなぜ小谷真理が自分自身で連絡をしてこないかと尋ねたそうです。K氏は、U氏の対応を(株)マガジンハウスの許容範疇を遥かに越える非常識なものと捉え、表現と言論の問題に詳しい専門家に依頼したほうがよいと提案されました。

 そこで、小谷は自身が属する社団法人・日本著作権協議会、及び巽孝之が属する社団法人・日本ペンクラブ双方に相談しました結果、後者の社団法人・日本ペンクラブ事務局・安西和子氏のご紹介により平成9年11月22日に弁護士・梓澤和幸氏に相談し代理人を依頼しました。

 平成9年11月25日に小谷は千代田法律事務所を訪れ相談しました。そして、小谷真理代理人梓澤和幸の名で、執筆者である山形浩生氏、編集をしたメディアワークス編集部、発売をした主婦の友社宛に内容証明付き通知書を送付いたしました。

 すでに、(株)マガジンハウス書籍出版局局長宛回答書により、被告らが「小谷真理とその夫である巽孝之が別人であることを知っていた」ことは明らかになっておりました。それを前提としてあえて「『聖母エヴァンゲリオン』の著者・小谷真理が、巽孝之のペンネームである」と断定したのです。これは、小谷真理と巽孝之が二人の実在する人物であり、かつ小谷真理こと巽真理が文章を書いているのではなく、巽孝之が「小谷真理」という筆名で書いているということです。つまり、巽真理は書く力を有せず、あるいは巽孝之の文章を自己のものであると偽っていると表現しているも同然です。

 これは、『オルタカルチャー』という本の性格がリファレンスであることをうたっている点で悪質と言えます。リファレンスとは正しいデータを乗せている用語辞典・百科事典の類いを指します。したがって掲載された場合、「真実はこうなのだ」と読者に信じこませる効果があります。したがって「日本SF大賞を受賞された著名人である小谷真理」((株)マガジンハウス書籍出版局局長宛回答書に記載してある表現)が「実際にはその夫巽孝之が小谷真理の筆名を用いて書いていた」との内容がリファレンスに掲載された場合、真実のデータを掲載するというリファレンス自体の性格から、「今まで聞いたことはなかったが、これは暴露された真実なのだ」と読者に信じ込ませてしまうのです。「あの有名な人が実際にはこうだったんだ、リファレンスに書いてあるからこれは本当だ」というのが、読者の反応です。

 実際、『オルタカルチャー』誌刊行後、宮崎哲弥氏は、<WIRED>誌平成10年1月号に「『オルタカルチャー日本版』を読んで、えー?!の連発。小谷真理って巽孝之自身だったの? 単なる一卵性夫婦かと思ってた。これホント? 山形センセ」と書いております。また、<SPA!>誌の編集者・S氏は平成10年4月4日デルタ・ミラージュで開催された「『身体の未来』出版記念会」席上で、驚きの声をあげました。『身体の未来』は巽孝之の監修した評論アンソロジー(トレヴィル)ですが、その中に「小谷真理」の書いたエッセイが入っています。『オルタカルチャー』を読んで、小谷真理が巽孝之のペンネームだと信じたS氏は、会場に巽孝之と小谷真理の二人がいることを不審に思い、そばにいた友人に確かめたといいます。このように『オルタカルチャー』は、小谷真理の文章をそれまで読んできた読者には「実はあれは巽孝之が書いていた」とあたかも暴露しているかのように信じさせ、小谷真理の作品を知らない読者にもあらかじめ誤った情報を流布したのです。小谷真理こと巽真理が読者に知られていようがいなかろうが、著名であろうがなかろうが、リファレンスの性格上、読者にとっては「真実」として受けとめられるということなのです。

 しかし、小谷真理は巽真理の結婚前の実名であり、結婚後はそのままペンネームとして使用されているものです。小谷真理こと巽真理は、小谷真理の名の元に、さまざまな原稿を執筆してきました。第一著書『女性状無意識』(勁草書房、平成6年)、第二著書『聖母エヴァンゲリオン』(マガジンハウス、平成9年)ほか、数多くの共著があります。

 各書籍刊行に際しては、各編集者と入念な打ち合わせを行ない、原稿チェックの際には細かなやりとりが、わたし小谷真理こと巽真理と行なわれております。そのときのゲラも残っております。また、日本経済新聞では平成5年から現在まで、共同通信社では平成3年から現在まで書評委員を担当し、具体的な書籍選択からゲラのチェックまで担当の記者たちと話し合いながら執筆作業をすすめているのです。さらにこのような原稿執筆ばかりでなく、講演・シンポジウム・インタビュー・対談・鼎談企画・大学講義に単独で参加してきた実在の評論家なのです。

 たとえば、平成8年5月に、アメリカ開催されたフェミニストたちのSF大会(約700人規模)に日本人女性として単身で出掛け、その様子を<SFマガジン>1996年10月号に「ようこそ、女の国へ」のタイトルで、詳しくレポートしております。このとき巽孝之は自らのパネリストを勤める日本英文学会(於・立正大学)のシンポジウム「ダーウィニズムと英米文学」に出席せねばならず日本に残っておりましたから、わたし小谷真理こと巽真理がこの報告書を書いたのは明白です。

 『オルタカルチャー』の該当箇所は以上のような事実を全面的に無視し、巽孝之が小谷真理の筆名でこれらすべてを行なっていると書いた点でまったく間違っており、いわれなき誹謗中傷であります。前記の講演・対談・鼎談・シンポジウムは多くの目撃証言があるのです。

 したがって、この言われなき誹謗中傷と虚偽事実を訂正するための対応策として、『オルタカルチャー日本版』の在庫分、及び図書館公開分に関しては訂正文の書面を挟み込むこと、重版分からは表現を修正する事、販売済みの分に関しては新聞等で謝罪広告をすることを要求いたしました。これを皮切りに、メディアワークス編集部と小谷真理代理人梓澤和幸氏との間で交渉がすすめられました。

 その間平成9年11月21日発売の<WIRED >(同朋社発行)掲載のコラム「山形道場」(164頁)において、被告・山形浩生氏自身が「近況:えっ、小谷真理と巽孝之とは、なんと実は本当に別人だったの!? いやはや文章がまったく同じなので、はやとちりして『オルタカルチャー日本版』で誤報しちまいましたよ。もうしわけない」と、(株)マガジンハウス書籍出版局局長宛回答書とは根本的に矛盾した内容を公表しました。メディアワークス編集部側の回答書は故意を強調し、他方、執筆者山形浩生の文章は過失を強調するという相互に相入れないものだったため、小谷側は低次元の悪意表現がこの期に及んでも絶えることがないのを知り、さらに混乱を余儀なくされました。

 ところが、このような根本的紛糾を抱えながらも、平成9年12月26日にメディアワークス編集部が寄越した返答は、最初の回答書の内容にあるレトリック説を撤回しないもので、在庫分と重版分の訂正のみに止まり、したがって回収はせず、その時点で出回っている分に関して訂正分の書面による挟み込みもしない、新聞の謝罪広告はしないという、付け焼き刃的なものだったのです。

 これでは納得ができず、対応もまったく不十分と考えます。仮にもデマ文書を広く流布したわけですから、その社会的責任を取り事実誤認を正すべく対応するべきだと考えます。



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